Home > 記事 > その数学が戦略を決める(イアン・エアーズ)

その数学が戦略を決める(イアン・エアーズ)

その数学が戦略を決める

GoogleやAmazonなどがわかりやすいがTB(テラバイト)、PB(ペタバイト)の情報があればそこから人間では主観が混じってしまい判断できないような状況を、統計的、客観的に判断できる、というのが本書の内容。

本書の内容はほぼその具体例と解説につきるのだが、Amazonの「おすすめ」機能(他の人でこうだったから、傾向的に似た人にはこれをおすすめ)、などの他に、医者の診断、賭け事、判決、保険、相場などの様々なもの予測にこの「絶対計算」が使える。その範囲は広く、経験に基いて判断する単なる専門家は職を失しなうだろう。といった主張も各所で繰り替えされる。当然、成功例だけ上げているので、薔薇色の手法に見える。失敗例も挙げられているが、ヒューマンファクタが原因であり「絶対計算」自体は傷付いていない。

それで、その「専門家」の類に入る目で見てみると、「統計的な手法を適用できる分野[1]に適用しているのだからそれは強いよね」というのが正直な感想。アジモフの「ファウンデーション」に出てくるハリ・セルダンの歴史心理学がまさにそうだが、うまく適用するためには基本的に多少のサンプリングの偏りが気にならない程に大量のデータと、そして何より適用対象が大量に必要になる。前半は本の中でもさんざん強調されているが、実は後半もかなりのポイント。つまり、1回限りの個人のレベルには適用できない。

ウェブの検索結果や、おすすめ機能は個人を対象にしているように見えるが、実際には同サービスを利用する数万数十万の人間が対象であり、だからこそ確率的に適合するため、結果的に満足する人が増える。ある人が利用した時に満足できるかどうかは確率的にしか保証しないし、そこにたまたま例外パターンが入っていても仕方がないと考える。

だから、標準偏差の例で子供が「これまでにこの登山道を何回登ったか」という個人的な質問に統計的な手法を活用していたのには、非常に違和感を覚えてならない。どう読んでも個人が対象であり、「この場所に来た人間が何回登ったか」と計算した上で確率を求めて個人に適用した問題ではないからだ。

また、専門家の排除という意味では、Googleでビジュアルデザインの責任者を務めていたDouglas Bowman氏の退職事例を思い出さざるをえない。このデザインを統計的に決めるというのは、まさに同書の中で触れられている事例の一つだ。(その後同氏はTwitterに就職している)

グーグルのビジュアルデザイン責任者が退職–データ中心主義に嫌気:ニュース – CNET Japan

そう、Googleでは2種類の青色のいずれかで決めかねたら41の中間色をテストして最もパフォーマンスのよいものを選ぶというのは事実なのだ。先日、境界線の幅を3ピクセル、4ピクセル、5ピクセルのいずれにするかが問題になったとき、自分の意見を証明するよう求められた。このような環境で仕事をすることはできない。そうした些細なデザインの決定を論じるのにはもううんざりだ。

個人的には、絶対計算ではイノベイティブなデザインはできないと考える。統計はイノベイターにはなれない。デザインの進歩は漸進的な進歩の他に、ギャップを飛びこえた進歩がある。例えば、iPod登場前のSONYのウォークマンシリーズをどういじったところで iPod に辿りつくとは思えない。

同書では絶対計算の予測により余裕ができたら、ギャンブル的な事にも手を出せるようになると書いてあったが、その可能性は極めて低いと考えるのは日本人だからだろうか。道具は必ずしも望むように使われるわけではなく、できた余裕が同じ道具につぎ込まれるとは限らないと思う。

と、批判的な面もあるが、出展をきちんと示した上での実例も多いのでおそらく検証も可能だし、絶対計算が前提条件をきちんとわきまえた上で、使う分には非常に便利な道具だとよく理解できる本であった。データ量と計算量の増大がどのように使えるかが、クラウドコンピューティングだのデータハウスだのといった Buzzword を追いかけるよりも、よほど良くわかる。適用できる範囲も広いので、どのような手法かわきまえておくにはなかなか良い。

絶対計算は使い方を間違えなければよく切れる。ただし、オッカムの剃刀同様に何にでもふるってしまうと間違えることになる。題名通りに戦略は決められるが、戦術まで使えるかどうかはその時次第。その意味では、薔薇色の未来に徹して適用範囲の限界をきちんと示していないあたりが、本書の弱点かもしれない。

関連記事:

  1. 適応されてきた分野、ではなく新規でも適用可能な条件を満たす分野。 []
Bookmark this on Delicious

Comments:0

Comment Form
Remember personal info

Home > 記事 > その数学が戦略を決める(イアン・エアーズ)

Return to page top

1