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伊藤計劃の見た先

伊藤計劃というSF作家の訃報を見て、それを取り上げたニュースやブログでさかんに出た「ハーモニー」に興味がわき、取り寄せて読んでみた。そこで内容が気にいり即座に入手できる残りの「虐殺器官」「METAL GEAR SOLID GUNS OF THE PATRIOTS」を購入、むさぼり読んだ。そして、「虚構機関」収録の「The Indifference Engine」の著者であることも知った。

「虐殺器官」は民族紛争の影に必ずいる男を追っていくという形で、言葉の背後にある人類としての文法、いわば人間が持つ仮想的な器官としての特性を描きだしている。

主人公が属するのはアメリカの特殊部隊となっているが、「The Indifference Engine」にもあったような薬物その他による心理的ブロックや、周囲と同化するハイテクスーツによるスニーキング、制御された筋肉によるバイオビークルの数々など、自ら明言する通りに小島秀夫の各シリーズの影響等が端々に見てとれる。その後MGS4のノベライズを手がけ、視点をオタコンに据えることにより見事にシリーズ通しての話を結実させたのは、ある意味ファン名利につきる仕事だったのだろう。

ただし、あくまでギミックとしての類似であり、SF的な所の根幹はそこにはない。表題にもなっている虐殺器官は言葉と認識という意味では神林長平や森岡浩之などと共通した部分を持ちながらも、最後まで読みその存在を知った後で読みなおすと、その直接的ではない影響について、上記のハイテク装備や政治的状況と対比してさまざまな認識ができるようになっている。

あえて難を言うならば、話としては当然ながら虐殺器官が虐殺器官に留まってしまったというところだろうか。同じ原理を用いて次の器官が発見され、そして更には思いもよらぬ…というSF的なインフレーションによる発展の余地がまだまだ残されている。もっとも、そうしていたら上記の対比はできないわけで、この根幹となるギミックを絞った上での丁寧さがこの作者の持ち味なのだろう。

「METAL GEAR SOLID GUNS OF THE PATRIOTS」についてもその点は徹底されており、4の内容を中心に、1,2,3の解説を入れながらも、最後のオタコンの記述でシリーズを通してきちんと軸が通るようにできている。

著者インタビュー:伊藤計劃先生

(虐殺器官について)

だから「解毒剤」がつくられるとしたら、それは「文法」に対する解毒剤というよりは、完全平和状態、完全理性状態を人類にもたらすような、ある意味で「文法」の鏡写し、それはそれで想像するとちょっと恐ろしい別世界をつくりあげるツールになるでしょうね。

そして、このインタビューの一節にあるように、虐殺器官に対するアンチテーゼとなる理想的な社会についてのグロテクスさを書いたのが「ハーモニー」となるのだろう。最初に読了した時には全然そのような事は感じなかったのだが、「虐殺器官」を読み「The Indifference Engine」を読みなおしてから見ると、はっきりと系譜が見てとれる。

「ハーモニー」の世界は、理想的な医療社会であり、体内に埋めこまれた “WatchMe” により健康に悪いことは禁止され、ナノマシンが病気を予防し、拡張現実によるソーシャルアイコンが現実に重ねられて人々は互いに心配しあい深く知りあうことが前提の社会となっている。下手な言い方をすれば、mixiやMySpaceのような社会型評価と資格試験の等級のような公共型の評価が常に ARis や電脳メガネのように現実に重なって提示されているという状況で、しかもその元は個々人の体内情報をネットワーク化して評価した結果から成っている。

そして、そのような社会において更なる調和を持たらずものとして、そのような違和感を抱いており、合法的に社会からはみでている人物の前に、虐殺器官の対偶となるものが徐々に見えてくる。理論は全然違うし、ギミックとしても上記のような社会を元としたものであり直接的な繋がりがあるわけではない。けれども、インタビューの中で触れられていたもの、それがおそらくこのハーモニーなのだろう。

文章は、いきなりXHTML の DOCTYPE 宣言のような文章からはじまる。そのまま XHTML のような要素が続き、時折<list:item>のようなタグ付けされた要素も入る。よく見るとタイトルの正式名称も「<harmony/>」と単独のタグとなっている。一般的にはXHTMLみたいな要素で書いているな、という認識程度でも良いのだろう[1]。そして、この全てが最後に素晴しいSFとして満足するための仕掛けになっている。

虐殺器官で発展させなかったアイデアを、さらに何段階か組み合わせて最初とはかけ離れたところに持ってくる。このSF的な驚きと満足を味わせてくれる仕掛けに気がついた時、この著者の他の作品が強烈に読みたくなった。

インタビューにはこうもある。

(次回作について)

うーん、いろいろ考えてはいるんですが、まだ決まっておりません。核が通常兵器化した世界を書きたいなあ、と思ってはいるんですが、大ネタが仕込めずに苦しんでおります。全然別の話をやるかもしれません。なにぶん右も左もわからぬ新人ゆえ、担当してくださっている方と話し合っているところです。

この話は、読めていない連載時の短編などで収録されているのだろうか。それとも、まだ見ぬ物語の元となるアイデアだったのだろうか。

単発単発の作品が良作である作家は多いし、きちんと筋の通った大長編を物にする作家も中にはいる。だが、関連の無い作品全体の連なりで語れる作家はそうはいない。次の長編はどのような発展を遂げていたのか。それをもう読めないことに、遅まきながらのファンとして悲しみを覚える。

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  1. XML のバリエーションとして見ると、value が quoted でないのがすごく気にかかるが、おそらく可読性を優先した意図的なものなのだろう。 []

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