日記
When the Rain Falls Silver
BACK


1997/11/30
 本日の一冊、神林長平「敵は海賊 A級の敵」
 うう、昨日は結局酔ってしまって、家に着くや否やすぐに寝てしまったので日記なし(涙)
 変わりにといっては何だけれども、今日かくことにする。まず、昨日のバトルテックの結果。時間切れで引き分けという形になったが、その戦果の内容はかなり異なる。まず、裏&夜光のチーム。ローカストはぼろぼろでもなんとか残ったものの、ストーカーが完全に破壊されてしまう。次に、十六夜&森尾チーム。私のパンサーのクリーンヒットにより、頭部センサー全損のスナイパー。ローカストも突撃の連続によりぼろぼろ。だがしかし、戦闘地域外苑部にいて参戦していないサンダーボルトがいたので、一番無傷な戦力が残っていたのはここかもしれない。最後に、私&Lのチーム。まず、私のサンダーボルトは右腕崩壊一歩手前(弾薬があるので危険!)。胴中央も中枢への直接攻撃が続いたために、いがいと心もとない。おまけにジャイロまで壊されている。次にパンサー。これは多少のダメージはあるものの、地形に隠れて援護射撃に徹していたため、比較的無事。Lのエンフォーサーも結構ぼろぼろ。しかし、肝心なところはすべて残っている。グリフィンも同じ。
 つまり、一部のチームを除いては、ほぼ完全に引き分け状態。残った戦力を的確に投入すれば恐いのは森尾&十六夜チームだけれども、戦線を維持し、現状の支配圏を持っていたのは私たちのチームだったりする(そのぶん消耗も激しかったが ^^;)。総括的に見て、なかなか楽しい戦いだった。
 さて、カラオケボックスを出た後、私とLは帰ることになっていた。だが、なんとなく話しているうちに、二次会の場所までつき、そのまま席に座ってしまう(苦笑)まさに、なんとなく行動してしまった結果だ。私は別によかったのだが、Lまで残ってきたのには驚いた。二次会の内容自体はしゃぶしゃぶ&すきやき食べ放題&のみ放題。私は食べるほうははじめのうちに集中しておいて、後半はずっと何かしら飲んでいた。おかげでそこを出るときにはすっかりいい気持ち。家に帰ってすぐに寝てしまうこととなったわけだ。
 と、ここまでが昨日の話。
 もう深夜であり、とっくに通信も切った状態だが、私はついさっきまで、他人のスクリプトの添削をしていた。オフ会のときにLにみせられたが、そのままでは原因の判別できなかったエラーだ。まずは軽くperlの -c オプションで文法チェック…問題なし。ならば、と実行してみると、エラーが出る。どうやらrequireのところでエラーが出ているようだ。だが、スクリプト自体にエラーはない。いろいろと調べた結果、原因はサブに切り分けたファイルが正の値を返していないことと分かった(エラーメッセージそのまま ^^;;)。つまり、切り分けたほうで return 1; とでもかいておけばすんだわけだ。私はいつも jcodwe.pl を使っていたので気がつかなかったわけだ(笑)


1997/11/29
 本日の一冊、デイヴィッド・.エディングス「ベルガリアード物語」
  出張える猫日記  猫屋敷える猫日記える猫日記が、出張して参りました(笑)。もちろん、ここの管理者SilverRainもえる猫日記へ出張願っていたりします。たまには、こういうのもいいよね;-)。
 現在、オフ会の真っ最中です。私のThinkPadで銀雨がえる猫日記に書いていて、銀雨のLobrettoで私がここに書いているという(^^)。リブちゃんのキーボードって、思ったよりうちにくいかもしんない^^;)。
 ただいま、私と銀雨の組が他にさきだってメックを選んでいます。
 そう、今回のオフ会は、BATTLETRECHなんですねぇ。そう、バトルテック。オフ会まできて、ボードゲームです。私、こういうの好き(^^)。GMをふくめて6人になったので、一人2台のメックを駆って、3個小隊での乱戦を演じることになったのです。
 こんなことしてるくらいだから、もち、私は銀雨とのペア。他は、十六夜院長森尾さんのペアと、裏さん夜光のペア。自分で言っちゃいますが、自信ありますよ〜(^^)。私はBATTLETECHには自信ありますし、銀雨も同様でしょう。ふふふ……、優勝狙うぜぃ(^^)。

 せっかくBATTLETECHの話が出たので、ちょっとだけ進めてみましょう。
 私のFavorit Mechは、フェニックスホークとエンフォンサーです。と言っても、わからない人には全然わからないでしょうね。前者は、高速機動と(このクラスにしては)高い攻撃力が特徴の機種で、後者は、中距離での安定性と運用面での簡易さが自慢という機種です。どちらも、単体で用いるというよりは、小隊内での役割分担を強く意識できる機体です。単体で目立つことよりも全体の調和やバランスを優先する私好みのマシンですね(笑)。やっぱり、複数の人やモノが組み合わさって機能するような集合の場合はその中の一要素が過剰に目立ってはいけません。個の活躍も重要だけど……。なんて考えるのは私がおかしいのかな?(笑)。

 あ、私は社会主義者ではありません(^^;。念のため……。(むしろ、どちららかと言えば個人主義者なんですけどねぇ…どこで間違ったのだろう……。)



1997/11/28
 本日の一冊、「OPEN DESIGN」 97/2月号
 今日の予定は学科のサーバの整備。HTTP-PROXYとなっているマシンを一時停止し(PROXYはルータに電総研のdelegateを走らせて一時的に代用)、それに最新のLinux Slackwareを入れて、オープンかつsecureなサービスを走らせることにした。とはいっても私の稚拙な技術力ではあまりたいしたことはできないのだが(^^;)それに、極力オープンな環境にしているので、なかなか制限しづらいものもある。だから、Firewallを立てるなどよりも、自然と受動的な、ログを極力とるなどの方策が中心になるわけだ。
 さて、今回いろいろと手元の参考書を漁ってみたが、やっぱり「こんなこともあろうかと」ケチらずに購入しておいた雑誌がかなり役に立つ。常日頃からの情報収集が功をそうしたわけだ。コンピュータをやっていると、こういうことはかなり多い。数年前のふとした記事が後になって役立つなどということがけっこうあるのだ。たとえば、WAVEファイルのフォーマットが知りたいということがこの前あった。その時に使ったのは数年前のI/Oの記事である。VCのソースや参考文献などを見ればいいのかもしれないが、それにはかなりの手間がかかる。手元にあるものでぱっと見つかればそれが一番である。だから、コンピュータ関連の雑誌は週刊誌などと違ってうかつに捨てられない。おかげで私の本棚は雑誌と小説でどんどん占領される一方である(笑)  さて、まずはキャッシュサーバの停止案内の後(Shutdown -h +10m)、実際にLinuxを導入した。今回持っていったものはLinux Japan Vol5(Slackware3.4.0)、JEとJFのためのLinux Deveroper Edition(6枚組み)、そしてアプリケーションのためのRedHat Powertools(6枚組み)、計13枚のCDである。まずはそこらへんに転がっていたFDを使って、Windowsマシンでbootdiskとrootdiskを作成する。今回は素直にマニュアルの通りboot.iとcolor.gzを選んだ。その間に、キャッシュを終了し、CDをつけ(導入時以外必要ないのではずされていた ^^)、機器構成を軽く調べておく。そして、JLUGのページをひらいておいて、ようやく導入開始。おや?SCSIのHDDが二台とも認識されていない。おかしいと思ったら、bootdiskが間違っていた。bareではなく、SCSIをサポートしたイメージを使うべきだったのだ。すぐにbootdiskをつくりなおし、今度はうまく認識してくれたのでパーティションを切る。内訳はSWAPに64M(メモリが64Mなのであわせて128Mとなる)、/varに2G、/以下に1.9Gである。(さすがに元々キャッシュサーバのマシンだけあって非常に贅沢な容量。でも、これでもログとキャッシュデータで8割程度は食いつぶしていたので、今度からはEXPIREの期間を短くしなければならない ^^;)、/(root)よりも/varのほうを多く取ったわけは、ログやキャッシュがかなり膨れ上がる予定だからである。おまけにメールサーバもするのでなおさら/varは広く取る必要があるのだ。一方、このマシンの場合/homeはほとんど必要ない。rootと整備用のアカウントだけで十分だし、NISとNFSでネットを管理しているのでローカルのHDDに取る理由が無いのだ。だからこの容量はほとんど/usrと/tmp用である。
 パーティションが切り終わったのでさっそくディスクセットを選んで実際にHDDにいれる。これはまあ必要なものだけどほいほいといれていくから気が楽だ。時間はかかったし、途中でおおぼけのためにやり直したこともあったけど、なんとか一通りのものは入った。なお、TeXやMuleは意図的に入れなかった。これは後でJFをつかって日本語化されたものをいれるからである。気を付けよう、下手なmakeと復旧手段なしのkernel panic(^^)
 さて、いよいよネットワークの設定、といきたかったがここではたと気がついた。イーサボードがぜんぜん認識されていない。よく考えたらbootdiskにもネットワークカード対応のものを使った覚えが無い。ここは設定の前にまずkernel makeをすることにした。2.3.11のソースで試しにつくってみてテストがてらに遊んだりしながら(^^;)カードを使うように設定する。延々待った後、ようやくまともなカーネルが出来上がった、念のためにFDで試してみたあと、実際に/に移す。
 そして、sendmailの設定。さすがに手で設定する気はないので、CFを取ってきた。perl等もしっかり導入した後、いよいよドキュメントを見ながらsendmail.defをかいてゆく。しかし、さすがに設定が多い。しかも相互に関連しているものがおおく、あちらの設定をするならばこちらもという風に何度も同じ設定を繰り返すこと人ある。一通りようやく設定し終ったときにはすでに夕方になっていた。さっそく/etcにコピーしてテスト!…こない。見事にこけているようだ。さすが噂に名高いsendmail。一筋縄では行かせてくれない。だが、あんな分厚い本を購入して熟読するのはごめん被りたい。私は果敢にもアタックを再開した。が、またもや敗北。外に出るどころか自分への配送すらやってくれない。
 しかたがないのでftp.crl.go.jpからdelegateをとってきてmake、設定ファイルをコピーして変更、とりあえずもともとのキャッシュサー名としての機能だけ回復させておく。そうして、しばらくアプリケーション導入のためにRPMを探していたりして、気がついたらもう9時。うだうだとやっているうちに終電に間にあうかどうか微妙なところになってきたため、適当に切り上げて帰る。
 今日の収穫。Slackware3.4.0インストール方法、及びKernel Configuration、ncftpの使い方とその他各種ソフト(XF86Setup等)の設定の思い出し。CFの使い方とsendmailのややこしさ。RPMのマネージャの正確な場所。delegateの設定。素直なマシンは楽だということ。そして、やはりLINUXは素晴らしいということ!


1997/11/27
 本日の一冊、小林めぐみ「五日目の月」
 半日sendmailやセキュリティについて、手元の雑誌をあたって片っ端から資料を探す。
 その後、バイトに。ようやくふれあいのトップページをリニューアルすることができた。以前のデザインを残したまま、過飽和常態に陥っていたリンクを修正し、纏め上げ、デザインし直さなければ行けなかったので、なかなかに大変だったが、なんとか無事更新することができた。ついでに最新情報のところを、私のページから取ったCGIをちょこちょこと変更して半自動化しておく。これで、私がいなくても、簡単に情報が更新できるはずだ。


1997/11/26
 本日の一冊、田中芳樹「「創竜伝」公式ガイドブック」
 朝、大学に行く前にLeafの「雫」をプレイしてみる…ううむ、噂に違わぬ毒電波な内容(^^;)文章量も多いし、これはユーザを選ぶなと考えてしまった。それでもあれだけのファンがついているということは、まだ見ぬエンディングがそんなによいものなのであろうか?
 ゼミ後の飲み会の時に、卒業研究の中間発表があった。もちろんお酒が入りながらの発表(笑)多少突っ込まれたが、おかげで方向性が少し修正できた。
 そういえば、そのせいで今日はバイトを休む羽目になってしまった。Webpageのリニューアルとエラッタの訂正をしなければいけないのに(某所から文句が出たため、その作業はさらに加速しなければいけないだろう ^^;)。明日すこしはやめに行って、するべき事を片づけてしまおう。ユーザの意見はきちんと受け取って参考にしなければ。
 しかし、最近本当にセキュリティがらみのことが多い。今月の雑誌もセキュリティ特集を組んでいるし、なにより私の身近なところにも多大なる影響が出ている。このさい、ふさげる穴をできる限りふさごうということで、senamailやInn等のセキュリティホールになり易いところを最新版にすることになった。期限は二週間。その間サーバの一つを一時停止して、それにLinux Japan付属のSlackwareを入れ、役に立てる予定。


1997/11/25
 本日の一冊、E.Q「エジプト十字架の秘密」
 SFが今、目の前にある。リアルタイムでの宇宙遊泳中継をみていると、そう感じる。セットでもCGでも、そして過去の画像でもなく、遅延時間はあるにせよまさにその場での映像。それが今目の前にある。TVなどで逐一見ることができる。これはすばらしいことではないだろうか。太陽観測衛星スパルタンの回収(STS87のミッションのうちの一つ)、それは下方より徐々に徐々に、足場をしっかりと固定して、それこそ1mm/sの速度で近づいて、十分に近づいたところでゆっくりと回転している衛星を手でつかみ、捕獲するというものだ。私がこれをかいている今は、まだその回収は終っていない。ただ暗い中にうっすらと浮かび上がっているスペースシャトルと二人の宇宙飛行士が見えるだけだ。ロボットアームからの画像でスパルタンが見えるが、これも薄暗くしか見えない。実際にはこう見えるものだと初めて知った。まさに、生の映像。百聞は一見にしかず。どんなにCGで飾り立てようが、この迫力にはかなうまい。ずっと見ていたくて、これから授業があるので大学に行かなければ行けないのが極めて残念だ。大学に行ったらまずNASAにアクセスするとしよう。
 ふと思い立ってPNG関連のソフトウェアを集めてみることにした。PNGとはGIFにかわる、WWWにおける次世代の画像形式で、すでに最新版のブラウザの一部(Netscape Communicator 4.04等)はこの image/x-png という形式に対応している。(注 : 以下うろ覚え)このPNGが出てきた経緯については、要するにいかに免除規定があろうが、GIFに使用されているLZW圧縮方式を使うには、特許料を支払わなければならない、ということである。そこで、PNGという形式が発案された。現在の形式は PNG Ver2.0である(はずだ ^^;)。PNGはGIFよりも更に多くの色数に対応している、またガンマ値を値として持ち、閲覧側で自由に変更することができる。そして当然の事ながら圧縮率もよく、プログレッシブなどの機能もあり、まさにGIFに変わるにふさわしい新たな形式となっている。
 そのそのためのソフトウェアを探してみたのだが、意外とこれが難しい。旧来のブラウザのためのプラグインは簡単に見つかった。画像閲覧用のビュアーに対するプラグインも見つかった。だが、描画用のソフトウェアが、見つからないのだ。むろん、AdobeやMacromediaのソフトウェアなど、市販ソフトには対応しているものも多い。だが、私が手になじんだソフトウェア、もしくはそれに類するだけの価値のあるソフトウェアは、今日ざっと探した程度では見つからなかったのだ。やはりここは手間はかかるがコンバータを探して、グラフィック環境が整うのを待つのが正解なのであろうか。だが、私は無性にPNGが使ってみたくなったのだ。いつもは下位互換性を意識して、あえて堅実に無用なほどに細かいところにこだわったWebpageを創る私だが、たまにはやはり最新機能をちりばめたページもつくってみたいのだ。CSSをつかい、PNGで画像を表示し、DBMSと連携し、そういったぺーじをつくってみたいのだ。これは単なる気まぐれである。だが、所詮Webpageが個人の趣味の発露ならば、この程度の道楽は当然のことではないだろうか。それに無茶なHTMLと違って他人に迷惑をかけるわけではない。ただ最新の環境を試してみたいだけなのだ。それはなにかを作る人にとって当然あるべき好奇心ではないだろうか。だがら私はPNGを探す。そうして己の環境情報を蓄え、今まで同様地道な作業を通じて、そして精一杯手を伸ばして新しいものに触れてみるのだ。


1997/11/24
 本日の一冊、茅田砂湖「デルフィニア戦記」
 深夜、ネットにつなぐとなりで、デルフィニア戦記(茅田砂湖)を読み始めた。そして寝床の中でもそのまま読みつづけ、ふと、気がついたら朝。11巻の途中まで読んだ時点で、すでに日が昇っていたのだった。さすが、NIFTYのFSF2で延々アーティクルツリーが伸びるだけのことはあるなと思う本であった。


1997/11/23
 本日の一冊、有栖川アリス「ロシア紅茶の謎」
 すがすがしい朝。心境の違いでこうも変わる物かと思うほどの快晴(え、違うって ^^;)


1997/11/22
 三連休初日。
 バックアップも取ったことだし、//e/bin/(E:\bin\ つまり様々なアプリケーションを収めた場所)の整理を始める。とりあえず一通りみわたして、使っていないものや、アンインストール後のゴミ、使うときに再び取り出せるものなどを消去し、HDDを整理した。思ったよりも使っているソフトウェアが多く、あまりHDDの残り容量は増えなかった。TeXだのGnu Tools、Mule for Win32、Mathematicaだの巨大なアプリケーションが山ほどが入っているから、仕方が無いといえば仕方が無いのだが(^^)
 ふと卒業研究の仕様書作成時にEPSファイルを描こうとして、CADアプリケーションが無いのに気づいた。DFXで出力できればいいから、単純なものでいいのだが。こういう時にはtgifのはいったUNIXがやはり欲しくなる(笑)
 家の環境ではないが、Microsoftのむちゃくちゃな設定による被害が最近多い。そう、IE4付属のOutlookによるメールである。なにが恐いかというと、まずHTMLメールを平気で送ってくる。いちいち設定で無効にしなければ行けないのだが、これは非常に迷惑である。次に、IE3の時もそうだったが、不正なMessage-ID。まったく、見ていて嫌になるような設定だ。しかもそのツケは他のところにくる。なぜならば、微軟公司に電話すると、一件2万円かかるからだ。あれほどOSを不安定にする、しかもとり返しのつかないものを正式版として、平気で雑誌に添付するとはまったく恐ろしい。しかも、その恐ろしさが一般にはあまり認識されていないからなおさらだ。雑誌を見渡しても賞賛ばかりで一応警告はするものの、欠点を羅列して思いとどまるように説得するところなど、当然だがまずない。少なくとも私は使いはしないだろう、IE4も、その後継であるWindoze98も。わざわざ乗り換えるだけの理由が見つからないし、その気も無い。Windoze95でどうしようもなくなったとき、それは私が完全に微軟公司を見捨てるときでもあろう。


1997/11/21
 夜、インターネットに接続していたら、突然切断された。すぐさまかけ直そうとしたのだが、busy。おかしい、今日はバイトに行ってきたけど、なにも整備の予定はなかったはずだ。とくにソフトウェア導入の予定も聞いていない。回線状況もわるいわけないし、おかしい。さては社長がまたよるなにかしているのか、などと考えてしばし。気がつくと、再びつながっていた。何だったんだろう……?

1997/11/20
今日は大学を休んでしばしの休息。午後から久しぶりにバイトに出かける。なにせ今月は学祭や風邪などでろくに行っていなかったのだ。このままでは給料が19Kを超えるかどうかすら怪しい(笑)結論から言おう、なんとか今日のバイトのおかげで給料は10Kをこえてくれた。今月たった3回しか行っていない割にはなんとかなったようだ。今日の収穫(?)はOCNのマウスパッド(バイト先がOCNやNTT代理店もやっているのだ)。表面の処理がすこしはましのため、そこらへんで手に入るものよりは幾分つかえそうだ。
マウスパッドといえば、なんでも自作できるマウスパッドもあるようだ。好みの絵柄をカラープリンタで専用紙に印刷、はりつけるらしい。値段も二千円程度と安いので、今度探してみて、みつけたら買ってこようかと思う。


1997/11/19

 久しぶりに朝の珈琲を飲んだ。ここ数日の間珈琲豆を切らしてしまい、またインスタントの蓄えも尽きていたため、飲もうにも飲めない環境にあったのだ。やっぱり朝の珈琲はいい。珈琲は心を安らげてくれる(以下略 ^^;)
 さて、家のマシン(K6-PR200の自作機[DIGITAL ANGE])にLinuxを入れようと思い、いろいろと調べてみた。CPUは(多分)そんなに問題なし。速度的には過剰すぎるくらい。HDDは、増設するだろうから後で考慮。グラフィックは一応Xのサポート内。SCSIボードも対応リストに入っている。私の野望を妨げるものは何も無いかに見えた。だが、その時一つの些細な事実が現状でのLinuxの構築を不可能にしたのだ。それはSCSI BIOSが、なんと2台のHDDしか認識しないという事実である。これにははっきり行って驚いた。現在の私の環境はIDEとSCSIのHDDが一台づつ。気づかなかったが認識の限界だ。Linuxを入れるさいには、安いHDDでも増設しようと考えていたので、これは困る。もう一台増やすと、SCSI HDDが一台認識されないという事になってしまうのだ。これは困る。やはり、SCSIボードを変えなければいけないのだろうか。
 それはともかくとして、兎に角Linux/FreeBSDを家のマシンに入れたい。FreeBSD(98)をPC-9801Ce2に入れようと思ったのだが、HDDの容量が足りなくてXがとても入らない。結局Xのためにもう一台立てることになるだろう。そうするとやはり、今のマシンをLinuxBoxにしたいのだ。ここはSCSIボード(&HDD)購入を、真剣に検討すべきかもしれない。
 ぼちぼち星詠亭奇談のアクションが届き始めた。だが、どうも要を得ないものが多い。要するに、初回なのである程度のアクション分散は覚悟していたが、それが予想以上になりそうなのである。つまり、どこをどう叩いても本編に素直に絡みそうに無い。別に、それがどうした、というだけのことではある。単にまた今までと同じように裏で事態が進んで行くのを見守るだけだ。そして、最終的には……。だが、それならばいっそこの世界でなくてもいいのではないかとも思えてくる。予定している人員を出さずとも、済んでしまいそうな気がする。ここに適当に望みのとおりの対応を綴るだけで終ってしまう気がする。ここでいっておくが私は別にそれを忌避しているわけではない。単に貧乏性から勿体無いなと思うだけだ。今までの設定、動いてきたそれぞれのプレイヤー達の思惑、それらを清算して新しい物語を始める。それでもそれが皆の選択ならば、私はそれを綴ろう。しかし、この事だけは書いておくことにする。プレイヤー達の操るキャラクタは、少数の特異な人種であり、世界の行く末をも望む通りに改変できるということを。そして、それは刻一刻と進んでいるということを。このまま放っておけば、あまり望ましくない方向に行くことを。そして、第四部がなくなるということを……。
 私はただ静かに、参加者各人の選択を待っている。

1997/11/18

行きがけに本屋を除いてみたら、Software Design(SD)とUNIX MAGAZINE(うにまが)が売っていたので迷わず購入した。奇しくも今回のSDの特集もセキュリティ(^^)研究室に行って、暇があったのでルータにIP Filterilng(ipfw)をかけてみたり、FD一枚のUNIXをつくろうとしてみた。
 FD-UNIX構築の動機は単純である。ルータのマシンのバージョンを最新のFreeBSD 2.2.5-RELEASEに変えたいのだ。あるいはLinuxを導入しようかと考えている。家には各種各バージョン取り合わせて、Linuxがあふれているのに、実際の稼動器は一台も無いのだ(苦笑)それに私はLinuxがFreeBSDよりも好きなのだ。それは成り立ちにあるのかもしれないし、ユーザコミュニティの性質によるのかもしれない。実際にはサーバを立てることがおおいためにFreeBSDのほうが構築回数は多いが、心情的には完全にLinux派なのである。
 そしていざ、kernelをメイクし、クランチでバイナリをまとめ、次々とFDに書き込んでいった。だが、途中でエラーが出た。原因は単純である。単にFDの容量に入りきらなくなっただけだ。どうやら使っているそのままのカーネルではおおきすぎるらしく、ほかのいろいろなものが入らない。カーネルを再構築するのは時間がかかるので、ひとまずあきらめ、また再度やり直すことにした。
 さて、Linux Japan Vol.5を読んでいて、気になる本を見つけた。オライリージャパンのNUTSHELLシリーズで、APACHEの本が出るというのだ。11月発売予定とのことだが、これはなかなか楽しみである。WWWサーバとしても定番なので、RPMやportsに頼ること無く、ぜひ一度自分ではじめから作ってみたかったのだ。当然、豊富な他のプログラムとも連携を取った上で、である。データベース(PHF/FI)との連携など、プロバイダではなかなかできないようなCGI(?)を組んでみたい。そしてもちろん、卒業研究のプラットフォームとして(おおい、締めきり考えてるのか? ^^;)、つくってみたいのだ。きっと(苦しくも)楽しいだろうし、いい経験になるだろう。
 そうしたら、次はLaTeX2e、Wnn、MULE、そして最終的にはX…なんてことはありません(笑)

1997/11/17

 ようやくLinux Japan Vol.5を手に入れることができた。今回の特集はセキュリティとネットワーク管理。まさに私のためにあるかのような特集だ(笑)いや、これが結構切実な問題なのである。今日ようやくルータをでっち上げることに成功したのだが、いかんせんDNSがうまくいっていないために外部に出ることができない(自分のところ以外のIPアドレスなんて知らない ^^;)。本当に、管理技術とセキュリティは大切である。
 そういえば、記事の一つで、中国語でコンピュータ用語をなんというのかをちょっと特集していた。パソコンが「電脳」なのはわかる。ソフトウェアが「応用軟件」、マウスが「鼠標器」。これもちょっとにやりとしてしまうが、わかる。だが、さらに大笑いするものがあった。その名も「微軟公司」!いわずとしれた世界一のウイルスもどきばらまき会社である。窓と林檎の物語などを読んでいる人にとってはおもわず笑ってしまうネーミング。そうかぁ。やっぱりあそこは微かに軟らかなのかぁ。さすが中国(笑)

1997/11/16

 久しぶりに朝4時までチャットにふけってしまう。その内容もWEBチャット、ICQIRCNetMeetingと非常に豊富だ(笑)それをいくつか平行しながら行っていて、気がつくとそんな時間になってしまっていた。
 しかし、今日始めてまともに使ってみたのだが、ICQは本当に便利だ。Messageを気楽に送れるので電子メールよりもさらにゴミ(^^)なリアルタイムでのやりとりができる。ほかの媒体でチャットしていている傍らで、個人的なひそひそ話(というより内輪の話)ができるのでなかなか快適だ。現在日本語版はまだ出ていないため、chatができないが、それでも十分以上に実用になる。JAVA版もあるのでプラットフォームを問わないし、久しぶりに自信を持ってお勧めできるソフトだ。
 さて、家のワープロが壊れてしまった(私が使っているわけではない)。当然修理に出さなければ、今までのデータが読めなくなるわけだが、その見積もりが高いのだ。なんと、最低12K。FDDや基盤交換になると18Kである。基盤交換はわかるが、なぜFDDの交換だけでこのような高い値がつくのか。いかに古いものとはいえ、これは少々高すぎである。余談だが、データ互換のある現在の機種を見てきたら、余分な機能いっぱいでのきなみ100K以上する。これだけあればそこそこのパソコンが変えてしまう。カラースキャナだのインターネットだの(インターネットの説明はなかなかはずしていて笑えた ^^)、まったく普段使わないような機能山盛り。ワープロに限らずパソコンでもそうだが、どこかにシンプルで簡潔なものはないのだろうか。HP200LXが欲しい(笑)

1997/11/15

 この日記を書こうとしてふと気がついた。今日は11月15日。Linux Japanの発売(予定)日ではないか。喜び勇んで本屋をめぐる、がみつからない。やはり月曜日まで待つしかないのだろうか。
 ドキュメントトーカのVer.3が届いていたようなので、さっそく導入してみる。今回いくつか機能が加わったようで、音声認識と音符にあわせて「歌う」機能が追加されている。まず音声認識のほうに挑戦。認識率はそう悪くはないようだ。音声ダイヤラー(何に使うんだか ^^;)などで試してみたが、何の設定も無しにそこそこ認識してくれる。付属ソフトで「キャンセル」というときちんとキャンセルボタンを押してくれるのが結構細かくて嬉しい。次に楽譜にあわせて歌う機能。サンプルの曲をきいてみたが、なかなか検討している。もちろんかなり違和感のある声には違いないのだが、音階にあわせて発声してくれるため、そこそこ聞けるレベルにまでなっている。つまりそれだけレベルが高いのだ。お遊びにしては贅沢すぎるほどの仕様かもしれない。ちょっと首をひねるようなお遊びも多いが、概して使っていて楽しいソフトである。実用的に使うにはよく使う語彙を結構な数登録しなければいけないだろうが。
 さて、星詠亭奇談で以前。第三部開始に伴うキャラクタの登録変更を受け付けたのだが、いまだに一通もこない。これはどういうことなのであろうか。もしかして、今までに登録した人の中で第三部に参加する気は誰も無いのではと邪推してしまうほどの静けさだ。今までのデータのままで第三部にマッチするわけはないのだから。変化した状況に追随するための登録変更の受付である。だが、一通も無い。CGIまでつくったのに、単にそれは私の無駄な努力だったのであろうか。誰も求めていないならば、続ける必要も無くなる。まだ終わりは見えてこないと考えていたが、案外それはもう見えていて、そして過ぎ去っていたのかもしれない。もし、そのとおりならば私がするべきことはそうない。周囲に閉鎖を通知し、そして一切合切を引き上げ、次のコンテンツを捜し求める。それだけだ。私は中途半端に物事を始める気はないので、再びなんらかの事を始めるには時間が必要となるだろう。それも、インターネットにおいては長すぎるほどの時間を。そのまえにリンクしてくれている人々への通知だけでも大変だ。だがもし、本当に誰もこれ以上の続行を求めていないのなら、私はそれを実行する。それだけだ。所詮このやっている事自体も自己満足にしか過ぎないことはわかっているが、一応周囲の人々とのボールの投げ合いで創ってきたつもりだ。ボールが帰らなくなれば私の送るものもなくなる。せめて、自己満足を通り越してひとりよがりになる前に閉める。それがみずからに対するけじめだ。私はそれほど厚顔無恥ではないと信じたいから。だから臆病なウサギのように一心にアンテナを張り巡らし、周りの反応をうかがう。ただ、それだけなのだ。

1997/11/14

 なんとなく駅で売っていた中国音楽のCDを買ってしまう。直前まで電車の中で有栖川有栖の小説を読んでいたことが原因だろう。研究室に行って聞いてみたが、なかなかよい。起床の音楽などをこれに変更する予定。
 さて、またもや研究室でサーバが落ちていた。不養生が極まったのか、最近はtelnetもつながらず、kernel panicもおこさず、ただひたすらにすべてのサービスが死んでしまう。そしてなにより、コンソールログインすらできないという恐い状況だ。
 このような中で私にできることは一つしかない。そう、本当にやりたくないし、それをするべき自分が嫌になってしまう手法なのだが、やるしかないことを。学科のメインサーバなので、止めるわけには行かないのだ。そんなときは本当に己の技術の未熟さが嫌になる。そんな事しかできない、自分が。
 帰りがけに雑誌を買ってみた。私に珍しく、なんと500円台の雑誌だ(笑)なかなかに読み応えがあり、面白かった。たまには(内容&価格が)軽い雑誌を買うのもいいものだ。まあ、結局コンピュータ関連の雑誌なんだけどね(苦笑)
 そういえば、星詠亭奇談のほうの登録者に依然としてAAAを書く人が多い。はっきりきっぱりと、AAAを使ったキャラクタは問答無用で削除する、と書かれていてもである。よほどみんな警告を読んでいないらしい。私がいろいろな経緯があったにせよ、現在の警告を掲げている理由は簡単なことである。私は、私の創造した世界をわかってくれる人間と遊びたいのだ。この場合のわかってくれるとは、べつに共感まで期待しているわけではなく単に与えた情報を消化してくれている程度のことである。そのために、せめて目の前の情報程度は読んでから登録してくれる人を、いいかえればきちんと提示してある情報を読み取ってくれる人を期待して現在の仕様にしているのである。この世界ももう第三部まできた。いままでに積み上げてきたものも少なからずある。もちろんその一方で新しく加わってくれる人も大歓迎だ。ただし、今までの資産も生かしてという限定において。今までに数限りなく張り巡らせた、その活用されているときをただ待っている多くの伏線をつかわせてくれる限りにおいて。私はその人たちとこの世界を分かち合い、楽しみたいのだ。そのための、最低限の選別としての警告記載だったのである。特に強調はしていないが、キャラクタ登録につながるリンクの説明として書かれている、その警告。それを無視してほしくはなかったのだ。なんとなく面白そうだから登録するでもいい。ただ、記載されていることを読み取ってほしかっただけだ。何の解釈も要らず、ただその字義道理に。それを私が望むのは贅沢というものなのであろうか?
 追記。ルータ復旧は依然として進まず。我が卒研は何処に?

1997/11/13

 朝起きて、コンタクトレンズを装着しようとしたら、妙に調子が悪い。私の場合体に何か変調が出るとまず眼にくるので、このような時は要注意なのだ。案の定、はかってみたら熱があった。幸いにして授業は何も無かったのでそのまま家で一日静養することにする。
 だが、熱があるといってもそうたいしたことでもないので、布団の中で昨日借りてきた本を読みふける。まずは軽く良質のファンタジーからはじめてハードSF。そしてユーモア・ミステリ。いずれもかなりいい物語で、思い切り没頭できた。どうやら先日の収穫はあたりだったようだ。
 その後、宇宙飛行士の答えた質問(ようするにFAQ)を読みながら寝に入る。気がついたらすでに夜だった。ちょっとだけネットワークに接続した後、寝る。

1997/11/12

 どうやら、目覚ましがかかっていなかったらしく(荘厳な曲を流すCDと慎ましやかな電子音の時計は除く ^^)おきてみたらすでに昼過ぎだった。
 夕方、図書館から注文していた本が入ったという電話があり、とりにいった。私自身なにを頼んだかを忘れていたのだが、谷甲州「星は昴(すばる)」だった。多分図書館でSFMを読んでいてその場でリクエストしたものだろう。何か固めの本が読みたい気分だったのでちょうどよかった。ついでにいろいろとほかの本も借りてみる。途中まで借りていた夢枕獏のキマイラシリーズの続き、NIFTYのFSF2で話題になっていたので読んでみたかった萩原規子「西の善き魔女」等、いろいろと収穫があった。
 追記。ルータはまだまだ復旧しない。
 もう一つ追記。例のshi.toのドメインの招待は多摩インターネットのユーザのようだ。なんでも多摩の中でトンがドメインをとるのがはやっているらしい。なんだかな〜(笑)

1997/11/11

 今日、研究室にSCSIの外付けHDDを持っていき、バックアップをとってきた。媒体は、CD-R。さすがに一枚では足りずに、二枚に分けての作業である。かなりの当然時間を要し、授業に出ている間もずっとマシンを動かしている結果となった。
 だが、これでようやくHDDが削減できるのでよかった。私の場合なにかアーカイブをGETすると、専用のデイレクトリに保存し、その後展開するので容量を食ってしまうのだ。それに、メールやNIFTYのログの量も、圧縮してあるとはいえ馬鹿にならない。ちょっと放っておくとM単位でどんどん増えてしまう。それらがごそっと削除できるのは嬉しい。
 今月号のNT。FSSのページ。いや、驚いたの何のって。なにせ先月号とまったく同じ話がいきなり展開している(笑)マシーンメサイアにトーンがはってあるなど細かい変更点を除けば、ほとんど変わりはないのに。実は、先月号で一ページ逆にしてしまった&2ページたりなくて話が終わらなかった、ためにまた今月のせたらしい。(2ページ足りない、というから追加分を数えてみたら…4ページあった ^^;)きちんと次のエピソードも書いてあるからいいものの、まったく、人騒がせな。これで先月分はToJにもコミックにも乗ることのない、幻の回となったわけだ(^.^)
 余談。何度見てもあの広告にあるエレシスのガレキは凄すぎる。かかとが無いため、見ているだけで大変そうなバランス。よく作れるなぁ。

1997/11/10

 MLで面白いドメイン名を見つけた。shi.to(使徒)というドメインだ。もちろん、どこぞの問題作がらみのドメインである。ユーザ名からつなげてみてみると、それがよくわかる(しかし、これじゃ十数人しか入れないじゃないかと思うのだが ^^;)。さて、もちろんこのドメインは日本のものではない。以前sa.to(佐藤)ka.to(加藤)というドメインで一躍注目を集めるようになったトンガのドメインなのである。しかし、意外とこのドメインは面白い。ちょっと考えただけでもいくらでも応用が利くのだ。sai.to(斎藤)などの当たり前のものだけではなく、jimin.to(自民党)等の「〜党」シリーズや、tokyo.to(東京都)のように面白いドメイン名がいくつも考えられる。na.to(NATO)やnat.to(納豆)、sen.to(銭湯)という冗談めいたものまで作れてしまう。他国のドメイン名でこんなに遊んでしまってよいのかどうかはわからないが、想像するだけで楽しい国というのも珍しい。
 co.jpやcomのドメインの枯渇といわれている現在、もうちょっと他国のドメインに目をむけるのも面白いのではとおもわず考え込んでしまう。ユニークなユニークのドメインを探して資料を調べるのもいいかもしれない。
 もちろん、日本国内のものは、日本のドメインをとるのは当然であることを書き添えておく。上に上げたのは、あくまで思考実験や特殊向けサービスとしての楽しみ方だ。
 大学に行く途中に、ふと古本屋によってみたらいきなりSFMがあった(笑)さっそく、内容を確認にかかる。第一次優先事項は森岡浩之氏の小説。だが、さすがにこれはなかった。次に、興味ある作家の特集。スティーヴン・バクスターとアン・マキャフリィの特集が面白そうだ。だが、予算の関係上一本に絞らなければならない。結局、次回読むときの参考にとバクスターの特集の乗っている号(+平井和正「狼の紋章」)を購入する。
 研究室に行って、ルータを立て直そうとした。今度はきちんとFDとCDも準備してあるので、大丈夫だろう…だろう…だった。マシン自体の調子が思わしくない。宥め透かしてやれば起動するのだが、FreeBSDのカーネルを読みに行ったところでとまってしまう。なにやらテキストセグメントのところでエラーが出ているようだ。しばらく、いろいろと引っこ抜いたり挿したりを部品の動作確認をかねてやってみる。
 …延々やっていて切れた。いきなりそこら辺に転がっている部品もろとも寄せ集めてマザーボードの交換を行う。もはや完全に一から作り直す体制だ。だが、その労苦の結晶は動かなかった。擁するに共食い整備だから一発で動くほうがおかしいのだが、やはり悲しい。おまけに私はATXしか扱ったことが無かったので、ATの組み立ては大変だった。手は汚れて傷だらけ。指には所々黒い裂傷が走り、なにやら怪しい痛みまで感じられる。とりあえず、授業だったのでそこでひとまず打ち切った。
 しかし、本当に困った状況だ。ルータが無いとアクセスできないのは当然だが、それにもまして今までのサービスが消えたのは痛い。DHCP程度ならばまだちょっと手間をかければすぐにできるのだが、卒業研究用にいろいろと細工をしていただけにその損失は痛い。本当は新しいマシンを買って、そこにLinuxを入れて卒研用のマシンとする予定だったのだ。ところがそれが間に合いそうにない。しかたがないので、ちょうど折りよく建てていたルータを使うことにする。その先のこの出来事だ。まったく、いまからまたすべての準備をし直さなければ行けないのかと思うときが重い。本当に、データを取らなければ行けないので、自由に使えるマシンは必須なのだ。
 

1997/11/9

 ようやく懸案のCGIに手をつける。やろうと思っていてもできなかったキャラクタの修正ルーチンである。まずは既存のCGIを変更して、それをベースに作って行く。久しぶりのプログラミングにしては結構よいできだ(自画自賛モード ^^;)。やっつけ仕事のためにアルゴリズム的に納得が行か無い部分もあるが、動作自体は正常な模様。今晩転送して具合を見てみよう。これで、ようやくキャラクタコンバートができる。
 ちょっと余裕があったので、98にFreeBSD(98)を入れてみる。コントリビュータ本についてきたものなので、2.2.1-Alpha版(ちなみに現在のリリースは2.2.2-Release ^^;)まあAT版の導入経験もあるし、何とかなるだろうと思っていれてみたのだが、これが甘かった。CDから読み込んでくれない。FDで入れれば、何とかなるのかもしれないが、手元にそんな枚数はない。しかも、HDDが170Mしかないため、自動では領域を切り分けられず、/usrを手動で設定してやらないといけない。まあ、アクセラレータが無いので、もともとXを入れる気はなかったのだが…なかなか不安な滑り出しだ(笑)そのうちKな人から借りるとか、研究室でGETしてCDに焼くなどして、なんとかすることにしよう。
 そうそう、FreeBSDといえば、未だに研究室のルータは回復していない。私が行っていないから当然だが(苦笑)しかし、単にルータをたてるだけならともかく、DHCPやその他各種の設定をまたやり直すのは気が重い。だが、DHCPを走らせなければこのLibletto30をネットワーク接続することもできない……。

1997/11/8

 おきたらすでに午後だった。半日かけてようやくぱにょんをクリアする。やはり最強クラスは強い。(「極め」モードがまだ残っているけどとりあえず後回し ^^)

1997/11/7

 ようやくコンタクトレンズが戻ってきた。だが、一週間の間イレギュラーな運用をしてきたため、まだ少々視界が不安定だ。しばらく長時間の運用は控えねばなるまい。
 ぱにょんは、手詰まり中。ルートを間違えてばっかりなので、何度もやり直している。とうとう切れて、ソースから直接正解ルートを導き出した。正解のルートはA-C-D-J-N-Qである。ついでに、こちらはこつこつ調べたモンスターの対応表も出してしまおう。下の表がそれである。後は譲ったときのヒントを見れば、最強職業以外はすべてわかるはずだ。
モンスター対応表
ミクイブスウアイカナマリマミトモメイナミサキエリ
きゃんきゃん マジスコ 金魚使い やもりん かえる女 ハチ女 ざしきわらし へびさん まじしゃん おてて 最強魔女 バルキリー

VIRUS #6を見る…なんだこれわぁ!また、#4の時のように作画が崩れている。ストーリーはそれなりに面白かったが(当初のクールなサイバーパンクのイメージはどんどん崩壊していくけど ^^;)、ちょっと…。もう、はじめのころのクオリティを望めるわけではないことは十分にわかっているのでが、やはり期待している作品だけに、嫌だ。

1997/11/6

 久しぶりに研究室に行ってみたら、なんと研究室内のルータにしていたマシンがおなくなりになっていた(涙)もともと古いマシンで(とはいってもサーバとしては十分以上の能力であったが)すでにSRAMが消えかけていて電源を切るたびにBIOSの設定をやり直さなければ行けなかったり、たまにどうやっても起動不能になったりでかなり怪しい調子のマシンだったが、今回はどうやってもだめ。どうやら完全に駄目になってしまったらしい。
 しかたがないので、そこらへんに動いていた同程度のマシンをもってきて、今までの部品も組み込み、新しいルータにすることにした。だが、部品を挿し終えた時点どぇ異常発生。どうやっても起動しない。いろいろとためしてみたすえ、ようやく原因を解決する
 さて、ここからが問題。FreeBSDを入れるには、 フロッピーで起動しなくては行けない。だがそのフロッピーは手元に無い。CDごとこの前家に持ち帰ってしまったからだ。では、そこらへんに動いているWindozeで・・・よもいかない。ルータが死んでいるので文字どおりLANに成り下がっているからだ。では、一応上位のUNIXマシンからブートフロッピーを作成しようと思ったが、こんどはなぜかFDがマシンに入らない。常日頃から使っていないものを急に使おうとするとどうなるかといういい例だ。結局、FDはつくれず、作れたとしてもネットワーク経由のインストールには改選上の不安が残るので後日FDとCDをとりそろえてやり直すことにした。

1997/11/4

 学祭終わりて、あとは片づけを残すのみ。朝、その日発売の新ファーストフードを購入して、大学に向かう。くるのが遅かったらしく、なんと、すでにほとんど片付いてしまっていた(苦笑)だが、肝心ないすなどがまだ返却されていないため、結局午後までかかる。
 家に帰って後輩から借りたぱにょんをプレイしてみる。なかなかに直感的なインターフェースで遊びやすい。まさにかゆいところに手の届く感じだ。ただし、ちょっとクラスチェンジのところは不満かも。連打していると、どんどんサクリファイス(^^;)してしまう。これは何とかしてほしかったところだ。
 ここ数日忙しかったこともあり、メールすら見ていなかったのだが、やはり多量に溜まっていたようだ。その数たったの50通とちょっと…おや?100通オーバーは覚悟していただけに、ちょっと拍子抜け。どうやら、ほとんどのMLがほぼ休止状態であまり流れていなかったようだ。なんなく読み終えて、返信もし終わる。

1997/11/3

 学祭最終日。後夜祭のビンゴで、大量のアルコール性飲料を引き当ててしまう。その数、何と9ケース108本!天命の数だか煩悩の数だか知らないが、たかだか10数人のサークルにこんなに大量のお酒がきてしまった。まあ、どうせ飲み会はするのだから、買いに行く手間が省けたといえないことも無いが。
 途中は省略して結果だけ。108缶中約半分程度を飲んだところで轟沈。最終的な戦跡はやく60〜70缶程度と思われる。残りはほかに譲ったりして何とか処理。
 気がついたら終電の時間を過ぎていたので、後輩の家に泊まる。

1997/11/2

 学祭二日目。神は天にいまし世はすべてこともなし(ルイス・キャロル)…といえるほどに、能天気にこのお祭り騒ぎは進んでいる。実際、ステージに上がっている人物だけを見ていると、この学校に穏当な人物はいるのかと思えてくるほどだ。ただ、年々ゲストのランクが下がってきているのが、悲しいところだが。その反動であろうか、やけに余分な所に予算を割いているのも見かけられる。まあ、いずれにせよ私は常態のごとく、ただ傍観者を気取るのみ。間違っても主役になろうとは思わない(^^;

1997/11/1

 今日は学賽一日目。さっそくLibretto片手に現地レポート…と行きたかったのだが、朝おきて確認してみると、バッテリー残量が残り1%。どうやら、終了処理の途中でハイバネーションしてしまい、ぜんぜん充電されていなかったらしい。仕方が無いので、しばらく粘ってあきらめたあと、Lib30抜きで出かける。
 現地に着いて、サークルに行ってみると…見事なまでに誰も客がいない。単に、初日の午後過ぎたばかりだから、お客が少ない・・・というわけではなく。単に射的部のとなりなだけでほかに何も無い館、しかも何気に4階。下にいくら人が流れていようと、こんな辺境には誰もこない(苦笑)

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